《喪失の時代》
戦が続く国のある少年兵は「平和ということばを知らない」と言いました。あどけなさが残る彼に「平和とは何か」について尋ねたところ、銃を抱えながら鋭い視線でそう答えたそうです。戦争のない日本には不景気とはいえ食も住まいも物質的な豊かさの中で生活の自由があります。そういう意味では平和でしょう。しかしそのような発展を遂げている日本の自殺者数は世界第二位。「希望とは?」と尋ねたら、「希望なんてことばを知らない」と答える少年が或いはいるかもしれません。本来希望は人の生きる力であり、生活にやる気と喜びを与えてくれるものです。しかし今は希望を抱くべき目標、そこに向かう意欲を持つことさえ難しくなっています。
《聖書が語る希望》
聖書に「この希望は失望に終わることがありません。」という言葉があります。時に失望するときもありますが、希望で必ず終わるという約束です。生きている証として悩みや心の痛みは持っています。それを持ちつつも現実を見据える力と、望みを抱き続ける秘訣がそこにはあります。そのような証を見ることのできるひとりに星野富弘さんという方がおられます。不慮の事故で脊髄を損傷し首から下のすべての機能を失いました。現在口で筆を加えて水彩画を描きそれに詩を添えています。詩の一つを ご紹介します。
「いのちが一番大切だと思っていたころ、生きるのが苦しかった。いのちより大切なものがあると知った日、生きているのが嬉しかった。」
クリスチャンである星野さんの聖書信仰に裏打ちされた人間の生への想いは多くの人に励ましを与えています。
聖書講演会では聖書からわかり易くこのテーマを探ります。皆様のご来会を心よりお待ちしています。 |